タルタリア文明について13 デパート編

最初にだいぶ期間があいて申し訳ないです。

色々忙しくてなかなか更新出来ずにいましたごめんなさい。

今回は考察多めで行きます。

 

 

 

デパートってなんで地下があるんだろうってふとおもったんですね。

そもそも地下いるのか?って話ですよね

マンションとかなんかは地下なかったりするのに

なんで地下があるんだろうってふと思ったからなんですね。

 

で、ちょっと調べたら今ではデパ地下って食料品を売ってるところになっているけど、

1936年に初めて名古屋の松坂屋でデパ地下が導入されたらしいんだけど

どうもこの書き方だと元々地下はあったぽいですね。

今の食料品とかを売り出したのが1936年かららしいです。

 

 

 


そもそもなんでデパートを調べようと思ったのかというと

この難波の高島屋を見てからでした。

あれ?これタルタリアじゃね?

色々調べてみようか?ってなったからです。



こちらは高島屋の別館なんですけど昔は松坂屋だったところです。

今は綺麗にリノベーションされてカフェやフードコートがあって

上はホテルになってるみたいです。

この向かい側はいわゆるオタロードになってるんですけどねw

 

 

ここも地下があるんですよね

わざわざこんな大層な階段を作る意味あるのかな

しかも地下に・・・・

 

 

そこにこんな資料館があってのでいきましたけどすごかったです。

写真撮りたかったけど、撮影禁止のところがおおくて

なかなかとれませんでした。😂

 

 

 

 

 

 

このエレベーターは写真OKだったので撮りました。

豪華ですね。ハリーポッターに出てきてもおかしくない感じです。

 

 

 

これは神戸三越のなんですけどこんな感じのがたくさん展示してました。

これは東京の日本橋ですけど、展示してあったのもこんな感じの建物だらけでした。

内装もかなり豪華だったみたいです。

みんな忘れてるでしょうけど戦前なんですね。

 

僕の考えではデパートは元々タルタリアの建物をそのまま使ってる

ではないかなと思ってます。だから地下があるしっていうか

元々1階だったところが埋まって地下になったのではというのが僕の考えです。

 

ぶっちゃけ明治の初期に電気もあるようなないような時代に

あんなでかい建物を本当に作れるのかなって思ってます。

重機もないだろうし、トラックもないだろうし

 

 

 

はい、今回はここまでです。

なかなか更新出来ずに申し訳ないです。

次回は早い目に更新できるように頑張ります。

次回は初代通天閣について調べていきたいと思います。

 

タルタリア文明について12 ガリバー旅行記編 ブロブディンナグ

今回はガリバー旅行記について書こうと思います。

そもそもなぜガリバー旅行記なのかっていうのを説明しますね。

元々はタルタリアについて色々調べてたんですけど

巨人がどうもいることがわかり、巨人について調べようとしたんですね

でも、あまりいい情報がなかったんです。

 

 

そこで巨人について

お話や伝記なんかから探すことにしたんです。

で今回調べたのがガリバー旅行記なんですね

一応ペンギンブックスっていうイギリスの出版社の本を2つネットで

買いましてこれを中心に考察していこうと思ってます。

英語版の方が内容がきちんと載ってるみたいなので。。。

(ぶっちゃけ2さつもいらなかったかもw)

で中身なんですが

こんな感じで到底英語のできない私には難しいw

そこでガリバー旅行記を忠実に翻訳してくれてる本はないかと

探しまして

 

このグーテンベルク21さんのガリバー旅行記がかなり忠実に書いてくれているみたいだったのでこれを元に書いてます。

なぜこれなのかというと最初に友人の手紙としてイントロみたいなのが書かれているんですけどそれが書いてあったのと自分なりに翻訳した場所がある程度あっていたからでした。

 

 

さて事前説明が長くなってしまいましたが、

本題行きますね。

ガリバー旅行記を知らない人のために説明すると

ガリバー旅行記って4つのお話に分かれてるんですね

1、リリパット国編

2ブロブディンナグ国編

3、ラピュタ

4、フウイヌム編

と、4つにお話が分かれてる中で

今回はブロブディンナグ編をやって行きたいと思います

このブロブディンナグがいわゆる巨人の国なんですね

でこれが地図なんですけど、どうも北アメリカにあったみたいなんですよね

これ何がすごいかってどうも島なんですよね

 

 

 

進撃の巨人でもパラディ島っていう島に巨人がいててそこに壁をひいててみたいな話

あリましたよね。

パラディ島のモデルはマダガスカルみたいなんですけど本当は北アメリカだったのかも。。

アメリカには巨人の島が実在したのかも

 

あとYouTubeでみた北米大陸は変化していたっていう動画も見たんですけど

 

これをみてほしんですけど

完全にブロブディンナグのあった位置は何も書かれていないんですね

この本で北アメリカ大陸に行ってるのが1705年とかなので

何も書かれてないのは明らかにおかしいんですね。w

 

で肝心の中身なんですけど

医師レミュエルガリバーという人が色々なところを冒険したみたいな感じで書かれているんですけど。実際に書いたり冒険したりしているのはジョナサンスイフトという人物なんですね。

この当時は植民地にするために色々な国を散策して植民地に出来そうならば

後で本国に報告するみたいなことがあったと思うので自分的にはこの本は

全部の部分が決してファンタジーではないと思っています。

 

で今回の巨人編をざっくり説明すると

海を航海しているところで暴風雨に遭い、その後知らぬ島?大陸?にたどり着き、

そこでは60フィート(18メートル)もある人間ばかりがおり、最初に農夫に拾われる。

その農夫の娘のグラムダルクリッチという娘に世話してもらう。

そしてその農夫に見せ物として全国行脚することになりヘロヘロになって、

死にそうなところでローブラルグラドの王様にみそめられて、宮廷で生活することになる。

宮廷で王様と王妃の相手をしており、2年ぐらい暮らした後。

大きい鳥に自分の家というか籠を引っ張ってもらい海に落ちたところを

たまたま通りかった普通サイズの人間に助けてもらってイギリスに帰るみたいなお話。

 

 

 

 

 

 

でタルタリアはどういう感じで描かれているかというと

こちらは最初に船で暴風雨で進路がわからなくなっている時にこのまま行けば

グレートタータリに突っ込んでしまうみたいな感じ

 

 

こっちはタータリー大陸という単語が。。。

どこって感じw

多分ユーラシア大陸のことを指しているのかと

そしてユーラシア大陸と対になるぐらいでかい大陸があるはずだみたいな感じの書き方です。

 

まあこの本自体ファンタジーの可能性もなくはないんですけど

タータリーという単語を出す意味がよくわかりませんよねw

ファンタジーにファンタジーを重ねるような感じになるし

だから昔はタータリって確実にあったんじゃないかと自分は思ってます

ちなみに英語版はこんな感じで書いてます

注釈があったので載せときますね

グレートタータリーは北東アジアになるらしいですね。

 

さて後

ブロブディンナグの説明を最後に載せて終わりたいと思います。

領土は長さ6千マイル幅3千ないし幅5千マイル

北東を高さ三十マイルの山脈があるらしい

大都市が18こほどあり

首都はローブラルグラド意味は世界の誇りというらしい

それからすごく面白い記述があったのだが

このアルファベットが22しかないという点である

これがもし本当ならフェニキア語というフェニキア人が使っていた言葉を

巨人は使っていたかもしれないと思う。

なかなかファンタジーだと思う

 

 

はい、今回はこの辺にしたいと思います。

まだまだガリバー旅行記って面白い事がたくさんあるんですけど、ラピュタ編では日本も出てきたりするんです。長崎の出島に行ったりしたみたいなんですけどね。それはまた次の機会にでも考察できればなあと思います。

 

 

次回はデパ地下編です。

少し箸休め的な感じになるかもですけど。

バイチャ👏

タルタリア文明について11 タルタリアンツアーin奈良 後編

前回の続きです

なぜ奈良に行ったかというと大仏さんが気になったからでした

なぜ大仏なのかというとどうもタルタリアには巨人がいたという話を聞いたから

でした。

もしかしたら奈良の大仏も巨人に何か関係あるのかもしれないと思ったためでした

 

では後編行きます

東大寺の南大門です。

まずこの門がでかいw奈良って比較できるような建物とかがあまりないので

わかりにくいですがこの門25メートルあるらしんですよね

今まであまり深く考えてませんでしたが、冷静に考えたら頭おかしいw

どうやって身長が2メートルない人間が作るんだとこれ

今なら重機やらクレーンやらあるんでしょうけどそんなものなしで

どうやって作るんだと⁉️

有名な金剛力士像  阿吽像です。

8.4メートルらしいです

運慶と快慶が69日で作ったらしいです。すごい⁉️

そもそもなんでこんなにでかいのを作ったんだろう。

そんな2ヶ月ちょいで作れるものなのかなあ

設計図とかそもそもあったんだろうか

木造なので作れないことはないんだろうけど

何にも考えずにいきなり作れるものなんだろうか?

やっぱり巨人がいててそれを真似て作ったんだろうか?

 


こちらの門にもいますね

 

こちらは江戸時代に作った門らしいんですけど

運慶快慶のやつに比べるとちょっとちゃっちいかも

 

 

外にあったやつだけどなんだろう

これもタルタリアと関係あるのかな?

 

 

さて大仏殿なんですけど

この建物見てて思ったんですけど

ここだけなんか違いますよね

なんか屋根が違うしちょっとタルタリア建築っぽいなあと

大仏殿て何回か火事になってるぽいんで元々は全部これだったのかもなあと思いました。

八角形の灯籠?

これもでかいんですね

こんなに大きい意味ないと思うんですけどねw

 

さて本殿に入って行きます

 

でかいなああ

14、7メートルあるらしいです。

さっきの仁王像が8メートルなんで

それより確実にでかいですね。

 

これ手とかかなりリアルですよね

手首の線とかかなりリアルですね

これ本当にこういう大きい人がいたんではないかと思ってしまいますよね

両サイドにいてる如意輪観音虚空蔵菩薩も十分にデカくて感覚がおかしくなってきそうw

巨人って言っても進撃の巨人で言うところの

超大型巨人と巨人とか言うふうに巨人の中でも大きい小さいあったのかもしれないなあと

これは多聞天ですけど、四天王像が四隅にいてたみたいなんですね

 

東大寺は何度か火事にあってるみたいで何度か再建されてるみたいですね。

 

それから調べててわかったんですけど

京都にもどうも大仏があったらしくて色々調べてるんですけど

面白いことがわかってきました

エンゲルベルト・ケンペルというドイツ人が書いた大仏なんですけど

この大仏は19メートルぐらいあったそうで今の奈良の大仏よりも

でかかったらしいんですね。

これがその時の大仏殿らしんですけど(ちなみに2代目の大仏殿)

ちょっと書き方の問題かもしれないですけどどことなく西洋風の感じがあるきがする

 

そしてこれが3代目の大仏殿なんですけど

ここにくびがあるのがわかると思うんですけどこれが大仏殿の入り口みたいなんです

さっきのこれみたいな感じですね

 

 



それからこの鐘なんですけどデカすぎると思いませんか

人間の倍ぐらいあるんですね

このタルタリアの鐘に似てるなと思いました

サイズ感とか同じ感じなのかなと

そしてこの大仏殿の残骸を使って作ったのが

この堀川第一橋らしいんですけど

はあ?って感じですよね

これ石作りだよね

ということは大仏殿も石作りだった手ことかな?

 

 

 


それからさっきの鐘なんですけど

面白い事実があるんです。

この大仏殿があるお寺は実は方広寺って言うんですけど

徳川家康が鐘銘事件を起こしたお寺なんです。

鐘に国家安康、君臣豊楽って書いていてそれを家康が怒って大坂冬の陣

起こしたとされる事件ですね。

 

どうもこのお寺はもっとタルタリア様式のすごいお寺だったんではと

思うようになってきました。(鐘もタルタリアにはすごい大事だったみたいなんで)

だから徳川家康はそれを潰したかったんではないかと、

だからこんないちゃもんめいた難癖つけて

冬の陣を起こしたのではないかなあと

まあここら辺は想像の域ですけどね。

 

 

はい今回はここまでです。ここまで見ていただきありがとうございます。

後編は大仏を中心に書いてきました。

奈良編はこれで終わりです

 

 

 

次回よりもう少し巨人について何か調べられないかと考えていたら

ガリバー旅行記を思いつきまして

ガリバー旅行記について真剣考察中です。

少しネタバレにはなるんですけど文章の中に実はタルタリアという

言葉が出てくるんです。

 

 

どういう内容で出てくるかは次回のお楽しみでお願いします。

バイチャ👋

タルタリア文明について⑩ タータリアンツアーin奈良前編

前回に言ってた奈良編です。

なんで奈良なんだ?って思う人もいるかもしれないですけど

自分の中であの建物ってタルタリアなんじゃね?っていうのが

いくつかあったんですね。

それと一番に気になることもあって奈良に行けば何かわかるかもって思ったんですね

そのことについても一応、あとで書きますね。

 

 

 

 

ではではタータリアンツアースタートです。

 

まず最初に気になったのがこのJR奈良の駅舎なんですね

今は駅舎としては使われていないみたいなんですけど。

横ももっと長かったみたいですね。

 

ちゃんと上にエネルギーのアンテナもありますね

 

 

自分がタルタリアの建物かどうか見るのにだいたい目印にしてるのがこの装飾なんですね

特にこのブローチ的なのがあるのとタルタリアで間違い無いかと。。

 

 

この装飾もいい感じですね。

時計も使われてるみたいです

 

建物のなかもう少しとればよかったなああ

なかにはスタバとか観光案内とかがありました。

 

これが昔の奈良らしいんですけど。

どうも洋館は明治28年までなかったらしいんだけど

ロータリークラブだしなああ

ロータリークラブってどうも闇側説あるしなあ

 

次に見つけたのがこれ

これなんだろう?

風の谷のナウシカみたいなの

羽に車輪てなんだろう右に持ってるのは葡萄かな?

これ南都銀行みたいなんですけど、これもどうもタルタリアっぽいなあと

 

 

ちゃんとガス燈?までありました

この羊なんだろう

中之島でも羊を見た気がするなあ

羊て何か特別あるんだろうか

 

 

さて実は一番のお目当てだったりするんですけど

僕が奈良で気になってた建物です

奈良国立博物館なんですけど

どうですどう考えてもおかしくないですか?

奈良国立博物館て建物が二つあるんですね

もう一つの建物こんなのですよ

明らかにちゃっちいw

ぶっちゃけこの書いてる通りなら明治の方がヨーロッパ風のすごい建物を建ててることに

なるんですけどねええw

 

この日は定休日だったので中には入れませんでした。

残念です。🙍‍♀️

ここは今は仏像館として使われてるみたいです。

奈良国立博物館て二つの建物の間を実は地下通路で繋がってるんですよ

装飾が本当にすごいあんな高いところに

どうやって掘ったんだろう

それとも掘ったやつを付けたのかなあ?

この扉かなりでかいよね

人間サイズで作ってないよね

 

最後に行ったのが

この奈良監獄です

どうです

この建物のヨーロッパ感

これ刑務所として使ってたんですよ。

完全にあたおかですよね

調べたら中にもツアーみたいなのがあって

もう仕込めば中に入れたみたいですね

残念です。

 

調べたら明治五大監獄ってあるみたいで奈良監獄の他に

千葉監獄

金沢監獄

長崎監獄

鹿児島監獄

ってあるみたいなんですけど

これ全部タルタリアの置き土産なんじゃ。。。。。

 

最後の鹿児島監獄なんかどうなってるのw

これヨーロッパのお城に似てるよね

映画ジャンヌダルクにこんな感じの出てきたような気がするww

 

はい今回はここまでです。

次回はとうとう巨人違った

大仏をみに行こうと思ってます。

自分が冒頭で述べた一番気になってるって言ってたのは

この大仏さんのことなんですけど

長くなったので次回に回しますね。後編に期待で

 

タルタリア文明について⑨ ドラゴンボールZ編

今回はマジでタルタリア関係なくなってるんでタルタリアについてで見にきてくれた人は

あまりお勧めしません。w    

GWに暇なのでちょっと脱線した内容を書きたくなったので、

でもとても大事なことなので・・・・

では本題いきたいと思います

 


皆さんドラゴンボールを知っていますか?

まあ聞くまでもないと思うんですけど昔ジャンプで連載されててアニメにもなったあれです。

そのドラゴンボールの都市伝説って知ってますか?

GTがごめんなさい鳥山先生の略だとかそんな話ではなくて

もっとディープなお話をしたいなと思います。

 

まず人間てどうして作られたか知っていますか?

最近話題になってる部分もあるとお思うんですけど

ダーウィンの進化論が間違ってるっていうお話を聞いたことがあると思うんです。



人間はいじられてるとか。。。ミッシングリンクとか。。。

つまり猿から進化した過程で誰かにいじられてるとかっていうお話です。

 

そうなんですよね

誰かにいじられてるんですね

それをうまく表現してるのがドラゴンボールなんですね。

 

ドラゴンボール超とかからしか知らない人はあんまり知らないかもですけど

ドラゴンボールには神様って言われる存在がいるんですね

それがこれです。

 

 

見てわかりますか?これ

緑色の肌をしてるんですね。

つまりレ○ティリアンを表しているんですね

だって普通神様っていう存在を書きたかったら

エスキリストとか天使のような姿で書きませんか?

何もこんなにきもい感じにしなくてもいいと思うんです。

 

あと実はこの神様ってピッコロ大魔王と二人で一つなんですね。

つまり エンキとエンリルはアヌンナキという集団でおんなじですよということではないかと

おもうんですよね。

 

あとピッコロ大魔王って卵を産むんですよね。

卵を産んで部下を作るんですよね。

これって完全に爬虫類を表してると思うんです。

 

 

まだまだありますよ。

主人公の孫悟空を思い出してほしいんです。

彼は月を見ると大猿にかわるんですよね。

そうなんですよ。

さっきダーウィンの進化論でも言いましたけど

人間は大猿からいじられて人間になってるんですよね

では誰がいじったのかってことですけど

答えはレ○ティリアンです。

つまり、ドラゴンボールの世界でいう神様です。

だからなのかわからないですけど、悟空の息子の悟飯はピッコロに弟子にしてもらってたり

するんですよね。

まあこのピッコロはピッコロ大魔王の息子なんで別人だったりするんですけどね。

 

そもそもこのピッコロってナメック星っていう惑星からきてる宇宙人なんですよね。

ナメック星人みんなが悪の者というわけでもないようですね。

この最長老なんかは僕もお気に入りです

ナメック星人は龍族と戦闘タイプと魔族に分かれるらしいですね。

龍族は物を作り出す特殊な力が備わっており、

戦闘タイプは護身や村の護衛のために高い戦闘能力が与えられ、

お互い協力しながら生活している。

ちなみに神龍を作ったりするのもナメック星人らしいですね。

 

あとどうしても言っておきたいのがこの男です。

そうです。

ミスターサタン・・・・

わかります?

サタン 悪魔ですよ。

聖書的な言い方をすれば縮れた毛の男ですよ。

 

そしてこの男の娘が

ビーデルっていうんですけど・・・

わかりますか?

ビーデル 並び替えるとデービル

 

そうデビルを指してるんですね。

つまりサタンの子なので悪魔の子なんですね。

 

サイヤ人も元々野菜人からきてるらしいのでこの解釈で正しいと

思います。

 

このビーデルの母親はミゲルって言う歌手らしいんですけど

つまり大天使ミカエルからきてるんでしょうね。

 

まあ天使と悪魔のハーフなのかな?w

でも悟飯はこの女と結婚するんですから

 

悟飯て改めてピッコロに育てられサタンが義理の父でサタンの子と結婚する

すげやべええやつなんだと認識させられたw

 

 

僕が一番書きたかったのはセルっいう宇宙人がセルゲームを仕掛けて

きたところです

このセルを倒すために精一杯闘うのはあくまで悟空や悟飯やベジータなんですね。

でも実際には(この場合の実際は作品の中の話)ではサタンが倒したことになってるんですよね

民衆はサタンを結局褒め称えるんです。

これ明らかに偏向報道ですよね。

サタン(悪魔)は何もしてないんです。

けど最後の美味しいところを持って行ってるんですよね。

これによりサタンは地位も名誉も冨も手にするんですよね。💢

こんな馬鹿な話があっていいんですか?

これに近いようなことが現実世界でもあるはずなんですね。

それをみんなに気づいてほしいし、自分もちょっとでも気づいていきたいと

思うんですね。

はいこの辺で今回は締めたいと思います。

次回はまたタルタリアについての散策、タルタリアツアーに戻りたいと思います。

最近色々脱線しすぎましたねw

 

次回はある理由から奈良にいきたいと思ってます。

奈良にもタルタリアの痕跡が実はあったんですよね。

ではこの辺でバイバイみんな

 

 

タルタリア文明について⑧ オーストリア帝国編

さて前回に予告してたオーストリア帝国編です。

なぜこの記事を書くことになったかと言うと

昔大阪に心斎橋があったのですがそれがどうもドイツ製🇩🇪です。という浮世絵をみつけたのですがどうもドイツではなくオーストリア🇦🇹の旗があったのを見つけたためでした。

詳しくはタータリア文明⑤⑥⑦をみてほしいんですけど、

その橋がどうも未だに現存してるらしいので鶴見緑地に見に行きました。

今回はそれを中心に書いていきたいと思います。

 

ここの緑地西橋というところが昔の心斎橋らしいのです。

バーベキュー・キャンプ場の隣にあるところですね。

 

 

さて、鶴見緑地にくるとすごく桜🌸が咲いてて綺麗でした。

これなんだろうね。

花博のシンボル的な塔らしいんだけど、

なんか変だよねクレヨンしんちゃんの映画に出てきそうな塔w

敵の城みたいな感じ

 

これなんだろう

遺跡?マッドフラット的なものなのかな?

花博でこんなの使わないよね

 

さて本題に行きましょう。

こちらですね。

これが昔の心斎橋で今の緑地西橋です。

絵でみた橋はこれですね。

もう少し近づいてみたいと思います。

すごく立派な橋ですね。

とても明治初期に作ったものとは思えないですね。

こちらは裏側ですけどね。

多少は改修工事してるらしいので明治そのままではないのかもしれないですね。

さて上からです。

思ってたより広いですね。車が対向して通るにはせまかったんですかね?

ちゃんとこの街灯も移設されててすごいなと思いました。

だれが持ってきたんだろう

明治6年の3月にかけられた橋らしいですね。

やっぱりここでもドイツ製🇩🇪って書いてますけど

明治6年て西暦でいうと1873年なんですよね。

ドイツ帝国ができたのが1871年なんで、これは想像ですけど国が統一するだけでいっぱいいっぱいで国内の情勢だけでも大変な当時のドイツに

わざわざ日本のために橋を作ってヨーロッパから船でもってきて橋をかける余裕なんて

ないと思うんですね。

なのでやっぱり浪花百景っていう浮世絵の通りオーストリア🇦🇹で間違いないのかな

と思います。で当時のオーストリアオーストリア=ハンガリー帝国なんですね。

アウグスアイヒといってハンガリー🇭🇺にも自治権を認めて2重国家をやってる時なんです。

一応旗を掲げときました。浮世絵のとおりに

雨降ってたんでファイルに入れたままですけど。

ちゃんとこのあと持って帰りましたよw

 

 

このあと色々オーストリア帝国について調べたんですけど、

意外にすごい国なことがわかってきました。

ぶっちゃけクラシック音楽サラエボ事件ぐらいしか知らなかったんですけど。

元々は神聖ローマ帝国だったらしいんですね。

ナポレオンによって1806年に解体されるまでは、その後に引き継いだのが

オーストリア帝国だったんですね。そのオーストリア帝国を支配してたのがハプスブルク家なんですね。

これをみてもらえばわかるんですけど、

豊臣時代の大阪城の絵が17世紀中頃1600年代にはオーストリアに渡ってたみたいなんですね。エッケンベルク公が所蔵してたらしいんですよ。

 

これをみて思ったんですけど

やっぱり日本とオーストリア帝国はもともとすごく仲よかったんじゃないのかなって

思ったんです。

だってさっきも書きましたけど、明治の時代にわざわざ鉄橋を作ってヨーロッパから持ってこないでしょ普通は。船も蒸気機関の時代だし、鉄も貴重な時代だろうしよっぽどの信頼関係ができてないと極東の日本まで持ってこないよね。

フランツヨーゼフ1世

エリザーベート妃

 

 

この記事書いてて思ったのが第一次世界大戦サラエボ事件も仕組まれたんじゃないかな

と思いました。ぶっちゃけサラエボ事件何回聞いても事件の概要がいまいち掴めないんですけど、多分闇側がオーストリア帝国を潰したくて仕組んだんだろうなと思いました。

オーストリア帝国は闇側にとっても都合が悪い国だったんではないかな。

だから今でも心斎橋の橋がドイツ製だって書いたりしてるんではないかなと

自分が闇側の人間なら真っ先に一番嫌な国を潰しに行くと思うんです。

 

 

 

クラシックや音楽が盛んな国で特にモーツアルトウィーン少年合唱団が有名ですよね。

芸術でもクリムトなんかが有名ですよね。まああのヒトラーもここの国なんですけど。。

 

神戸にあるウィーン オーストリアハウスにも行ってきました。

 ぶどうジュース

 

 

 

さて今回はどうだったでしょうか

ぶっちゃけタルタリアと関係ない話になって申し訳ないです。w

なんか旅レポートみたいになりましたね。

でも調べててやっぱり歴史は嘘というか、勝者が作るというか

その片鱗みたいなのが今回少し見えたかなと思います。

やっぱり事実と教科書の歴史は違うんだということですね。

 

 

次回はGWということで

特別編にしたいと思います。

次回で⑨になるんですけど9は特別な数字や神の数字とききまして

何か特別な回にしたいなと思います。

GWで時間あるしね

 

ということで今回はこの辺で

バイちゃ

 

 

 

タルタリア文明について⑦ 浪花百景編 後編

さて前回に続いて浪花百景を考察していこうと思うんですけど今回は国旗に絞って

書いていこうかなと思います。

まずこの写真を見てほしいんですけど

アメリカのところおかしくないですか

いつからアメリ星条旗🇺🇸やめたんだとw

完全にロシア🇷🇺国旗なんですね

 

それからこの作品の解説があったので貼りますね

明治元年(1868)に外国人居留地が川口の地に設けられた。

川口波止場の東10万余坪の一角に大阪で初めて西洋風の建物が建った。

大阪府誌』には戸数31、人口330余人で、イギリス人57人、アメリカ人60人、ドイツ人1人、

フランス人9人、中国人200人、スイス人3人、ベルギー人2人、スペイン人1人がいた

と記している。河口より上ったところにある不便さから、神戸の台頭を許し、川口居留地は廃れた。

ここ見てもロシア人いないんですね

アメリカ人てことになってるんですよね

これが前回のタルタリア文明について⑤でも触れた絵なんですけど

やっぱりロシア国旗なんですよね

これもロシアなのかなあ

白と青しかないので空の色と同化してるのかもしれないですけど

完全にロシア隠されてるような感じがするね

 

 

あともう一つ意図的に隠されてるような国が一つあって

 

これなんですよね

オーストリア帝国🇦🇹なんですよね

その名は、江戸初期の長堀川開削に功績のあった岡田(美濃屋)心斎が、私費で架けた橋であることに由来する。  江戸の末頃には吊り橋となっていたのを、明治6年(1873)に工事費1万9千円という高価なドイツ製の吊鉄橋に変え、当時の人を驚かせたという。ちなみに、現在この橋は鶴見区鶴見緑地内に保存されている。  ただし、この鉄橋は幅が狭いなどの不便があったため、明治42年(1907)にまず小西荘次郎という者が手掛け、その後を大阪府が引き継ぐ形で4代目の心斎橋が誕生した。夕暮れには欄干にてられたガス燈が点る、市内で最も美しい橋とされていた。  長堀川が昭和39年(1964)に埋め立てられると、もとの心斎橋の辺りは横断歩道が交差するようになり、今では「心斎橋跡」と刻まれたフラワーポットが置かれている。

この橋をドイツ製ということになってるんですけど旗みればわかるんですけど

オーストリア帝国なんですよね。

右側に小さくあるのが多分このオーストリアハンガリー帝国時代の旗なんですね。

この浮世絵かなり正確に書いてるんじゃないかなっていうのがわかりますね。

 

それからこれなんですけど

これもオーストリアの旗なんですよね

解説なんですけど

 

置府当初は津村別院にあった大阪府庁は、明治7年(1874)に西区江之子島に移転した。この建物は、はじめての本格的な府庁で、イギリス人ウォートルスの設計で、2階建て外装は石灰モルタル塗り、内部は総桧材、正面玄関に4本の大円柱、屋上に大時計を置いた。設置された場所から「江之子島政府」ともよばれた。  大正15年(1926)に現在の大手町に移転した。

 

この建物、以前に触れた中之島図書館にすごく似てるなって思いました。

ただ前に川がないのでこの建物じゃないかもですけど

こんな感じの建物がもっとあったのかもって思いました

 

あとそれから

この旗があるんですけど

どこか最初話からなったんですけど調べたらどうもインドみたいなんです

この時代のインドは英国領なんでこういう旗みたいですね。

こっちはイギリスの船なんですけど🇬🇧ユニオンジャックがあるんで

やっぱりイギリスも来てたみたいなんで英国領のインドも来ててもおかしくないのかなと

 

 

あと、自分は全然知らなかったんですけど、どうも義和団の乱ていう事件があって

中国(当時清)の義和団を八カ国連合軍組んで潰すっていう

事件があったみたいなんですけどどうも最初の写真はそれっぽいんですよね。

これ見てて思ったんですけど

やっぱり日本てこの当時普通に強いんじゃないかと思うんです。

こんな今でいうG8みたいなものに呼ばれてる訳で相当列強として

他の外国からも強いと当時から思われていたんじゃないかなと、

そんな近代化が遅れて遅れてみたいなことはなかったんじゃないかなと思います。

 

はい今回はこの辺で締めたいと思います。

日本がちょんまげの侍してて明治維新によって慌てて近代化したんです。

っていう今までの概念、教科書の考え方が少し変わってきたかなと思います。

 

次回はですね。

オーストリア=ハンガリー帝国について

調べようと思います。鶴見緑地に橋がまだあるらしいので

それを見つつもう少し明治の海外との交流について

考察していきたいと思います。